大判例

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東京高等裁判所 昭和56年(行ケ)226号 判決

一 請求の原因一ないし三の事実は、当事者間に争いがない。

二 そこで、審決取消事由の存否について判断する。

成立について争いのない甲第二号証によれば、本願発明の願書に添附した明細書の特許請求の範囲の記載は、請求の原因二のとおりであり、これによれば、本願発明は、(a)、(b)、(c)及び(d)の各工程から成るシート状材料加工方法であるところ、これによれば、本願発明は、真空を作用させることにより、加工物(シート状材料重畳体)と接触する空気不透過性パネルの全面積にわたりその両面間に圧力差を生起させ、該圧力差がパネルを加工物に押圧し、加工物がパネルと支持面との間で圧縮されるようにし、真空の供給により加工物がそのように押圧保持されている間に加工物を加工(切断)する方法であると認められる。

一方、成立について争いのない甲第五号証(英国特許明細書)によれば、第二引用例記載の発明は、磁気チヤツクでは保持することのできない非鉄加工物を保持して加工する方法に関するものであつて、炭素、アルミニウム、ガラス又はプラスチツクのような非鉄材料で作られる広範囲な加工物を対象とし、加工物を同一場所に保持するのに、磁力の代りに真空の吸引力を用いるものであるところ、その明細書中には次の記載のあることが認められる。

「第1図に示すように、加工片Wは、中央の孔40と開口部41を有する。フイルム38´がその上にゆつたりと掛けられたとき、チヤツクブロツク内の真空はフイルムをチヤツクブロツク上面の方向に吸引し、これと初期接触の状態となる(第2図)。理解できるように、ポンプはもはやチヤツクの上表面25を通して空気を吸引しないので、フイルム38は真空室及びチヤツクブロツクを大気から完全に遮断し、急速に該真空室及びチヤツクブロツク内の真空度を高める。」(第二頁第一二九行ないし第三頁第一一行)

「本発明の原理によれば、加工物Wの下側に対して作用する真空が該加工物に対する一次的保持力を提供する。たとえば、一インチ平方の加工物は室29内の真空に直接起因する約一二ポンドの一次的保持力によつて保持されよう。しかしながら、この一次的保持力は、フイルムそれ自身によつて生起される二次的保持力によつて補足される。フイルムそれ自身上に作用する真空保持力は、とくに加工物上に拡がりかつその外側縁を密封している該プラスチツクフイルムによつて、一次的保持力を補足する二次的保持力の形で加工物に伝達される。」(第三頁第一二行ないし第二九行)

「加工物Wの頂面42が切削され、あるいは研磨されるとき、該面を覆つていたプラスチツクフイルムは初期切削によつて除去される。しかしながら、第3図に示すように、残余のフイルム38が加工物に引きつけられてそれまでよりもはるかに緊密にこれと接触し、中央孔と開口とを大気に対してしつかりと密封するので、チヤツクブロツク20内の真空度は全く低下しない。その上、プラスチツクフイルムは、加工物とチヤツクブロツク表面とに密に適合しようとして、切削力の影響により加工物が滑動する傾向に抵抗し、加工物をチヤツクブロツク上に静的に保持する傾向を示す。」(第三頁第三〇行ないし第四五行)

右記載によると、第二引用例においては、加工物は加工物の下側に作用する真空の一次的保持力によつて保持されるのであり(例えば、一インチ平方の加工物は室29内の22´´Hg――第二頁第一一四行参照――の真空に直接起因する約一二ポンドの一次的保持力を受ける)、第2図に表示されているような、加工物の加工開始前におけるプラスチツクフイルムの加工物を押圧する力はともかくとして、加工開始と同時に加工物と直接接するプラスチツクフイルム部分は切削、研磨等によつて除去されるから、プラスチツクフイルムの加工物を押圧する力は解除され、その後プラスチツクフイルムは、加工物に関しては、中央の孔40及び開口部41を封鎖して、チヤツクブロツク20内の真空度が下つて加工物に及ぶ吸引力が低下しないようにする作用のみを有し、加工物を押圧保持する機能は有しないものと認められる。

第二引用例は、前に見たように、加工物に作用する真空の吸引力を一次的保持力と定義し、これを補足するものとしてのプラスチツクフイルムによつて生起される二次的保持力について言及しているが、この二次的保持力がいかなるものであるかについては明細書の全体を検討しても必らずしも明らかでない。おそらく、加工開始後、プラスチツクフイルムが中央の孔40及び開口部41を封鎖してチヤツクブロツク20内の真空度を低下させない力を指すものとすべきであろうが、いずれにしてもその部分のプラスチツクフイルムには加工物を押圧するような力はないものというべきである。

被告は、第二引用例では切削作業時においてもプラスチツクフイルム部分には孔及び開口部を通じて真空が作用し続けると主張する。しかし、真空が作用するといつても、その作用の態様は本願発明における空気不透過性パネルと第二引用例のプラスチツクフイルムに対するのでは、前に見たような差異があるのであり、したがつて、審決が、本願発明と第二引用例とは、加工物の下方から真空を作用させ、大気圧がパネル(プラスチツクフイルム)を加工物の方向に押し、パネル(プラスチツクフイルム)と支持面との間で加工物を保持し、真空が加工物を通してパネル(プラスチツクフイルム)に供給されている間に、パネル(プラスチツクフイルム)の近傍において加工物を機械加工するという技術的思想において同一であるとした認定は誤つているのみならず、通気性を有するシート状材料重畳体を切断するという本願発明の方法を、本願発明とは技術分野を異にすると認められる、炭素、アルミニウム、ガラス、プラスチツクのような非鉄材料を切削、研磨して加工するという第二引用例記載の方法から当業者が容易に類推し、発明することができたものとすることはできない。

右のとおりであり、第一引用例に第二引用例を適用して本願発明のようにすることは、当業者が必要に応じて容易に考えることができたものとした審決は違法である。なお、審決は、第一引用例(成立について争いのない甲第四号証)には、数葉の重ねられた布地を卓上板上に載置して切断することが記載されていると認定したが、第一引用例の発明は一枚の布地を切断する方法に関するものであつて、審決の右認定は誤りである。しかしながら、右認定の誤りは、これをもつて直ちに審決を取消すべき違法原因であるとすることはできない。何故ならば、布地を一枚切断するか、あるいはこれを数枚重ねて切断するかは、切断自体の点においては、本願発明との対比上なんら重要な差異を生じないからである。

三 よつて、本件審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求を正当として認容することとする。

〔編註〕 本願発明の要旨は左のとおりである。

(a) 実質的に全体にわたつて通気性を有する切断すべきシート状材料重畳体を、支持面上に載置する工程、

(b) 空気不透過性パネルを前記重畳体の露出面の少なくとも一部分上に重ねて配置する工程、

(c) 真空が前記重畳体を通して前記パネルの下表面全体、すなわち前記重畳体と接触する前記パネルの全表面に伝達されるように、前記重畳体の底表面、すなわち前記重畳体の前記支持面に接触する表面に前記真空を作用させ、前記パネルの露出面上に作用する大気圧の結果として、前記重畳体と接触する前記パネルの全面積にわたる該パネルの両面間に圧力差が生起され、該圧力差が前記パネルを前記重畳体に押圧し、前記重畳体が前記パネルと前記支持面との間で圧縮されるようにする工程、及び

(d) 前記真空が前記重畳体を通して前記パネルに供給されている間に、前記パネルの近傍において前記重畳体を切断する工程、

からなるシート状材料加工方法。

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